秋なので大量の本を処分しました

みなさんこんにちは、非情な断捨離マンのモズークです。

そろそろ秋の気配も近づき、朝夕はかなり涼しくなってきました。まさに秋のインディケーション。

そんな少し涼しくなってきたこともあり、部屋の大掃除を始めたりしています。暑いときは少し動くだけで汗が吹き出てアウトなので、秋は掃除にはちょうどよい季節です。それでこれから冬にかけていろいろ処分していくのですが、まず困ったのが大量の書籍。

投資やブログをやっているとインプットを大量にする必要があるため、気付いたらいつのまにやら数百冊の本が溜まっていました。それだけ本があると部屋のスペースが圧迫されるので、非情になって思い切って処分してしまいました。

「もったいない!」
「本に対して愛がない!」
「お金と資源の無駄遣いだ!」

おっしゃる通り、弁解の余地はありません。ですが今回おもいきって処分してみて、自分の中で踏ん切りがついたという気分です。ある意味清々しさすら覚えます。これがいわゆる断捨離ってやつですか?

思い切って処分してみて思ったこと

まだまだ部屋には処分する本はいっぱいあります。とりあえず10分の1くらいは減ったでしょうか。最初は処分するのもったいないなーとか、とりあえず持っておけば読み返したときに新しいことが発見できるかもしれない、という考えもありました。たしかにそのとおりです。

『本はボロボロになるまで繰り返し読む』でも書いているように、基本的には本は捨てずに何度も読む派です。

ですがあえて今回は処分という方法を選びました。理由としては読んだ本を保存しておくと、持っていることに満足してしまい、その本の内容を自分の知識と勘違いしてしまうのではないか。そうなると自分の頭で物を考えなくなるのではないか、と思ったからです。

たとえば自己啓発的な本もたくさんありました。ですがその中のどれか一つを選んで実践しているかといえばそんなことはなく、少しずついいとこどりをしようとして結局なにも実践できないという状態です。

自己啓発本は悪いとは言いません。ですが所詮成功した人の体験談なので、本を読んだくらいで真似してもなかなかうまくいきません。著者の考え方くらいは参考になりますが、やはり自分の頭で考える結果になります。

だったら一度全て処分してしまうことで、自分の考えをはっきりさせてみようという意味もありました。もちろん自己啓発だけでなく、お金に対しての哲学や、経済の分野なども同じです。色んな本から得た知識を一度捨てることで、頭のスペースを物理的に空けることができるのではないのでしょうか。

ぶっちゃけ大量の本を残しておくと、部屋の掃除が全く進まなかったというのも大きな理由です。

死ぬまで持っておきたい本

とはいえ、死ぬまで読み続けたい鉄板の本はちゃっかり残してあります。

上のこれらの本は暇な時や、ある程度時間が経ったら読み返している本です。わたしの場合は上の3冊を読んでおけば自分の投資哲学を見失わないでしょう。墓場まで持っていくつもりです。みなさんにはそういう大切な本はありますか?

それでは読書を楽しんで!

読書ほどコストパフォーマンスの高い投資はない

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こんにちは、モズークです。

みなさんは読書してますか?日本人の一ヶ月の平均読書量は2冊~3冊で、本を全く読まない人も4割以上いるそうです。

たしかに今はスマホやパソコンでネット上の情報を簡単に得られる便利な時代です。しかしわたしはこころの底から読書をおすすめしたい。なぜなら読書はものすごくコストパフォーマンスが高く、便利でリターンの大きい投資だからです。

というわけで今回は読書の圧倒的コストパフォーマンスについて書きます。

読書の価格に対してのコストパフォーマンス

書籍の価格は数百円から高くても数千円です。これは知識の情報料、指導料としては破格の安さです。

仮に書籍と同じ内容を著者に個人的に講義してもらったら、拘束時間は最低でも時給5,000円は払わなければいけないでしょう。グループでセミナーを受けるとしても一回数千円以上、人によっては数万円は必要でしょう。

著者を自宅に呼び寄せるにしろ自分が著者邸に赴くにしろ、よほど近所に住んでいない限り交通費もかかります。また合議内容が簡単な内容ならまだしも、難解な内容だったら数日に分けて教えを受ける必要があります。知識を得るためにいったいどれだけお金がかかるのでしょう?

それに比べて書籍なら必要なのは、最初に購入する金額だけです。あとは通販で買った場合は送料くらいなものでしょう。これは個人的に指導してもらうのに対して金額面で圧倒的なコストパフォーマンスです。

読書はいつでもどこでも学習可能

セミナーなどで指導してくれる場合でも著者にはスケジュールがあります。指導時間の予約を入れて決められた時間に学習内容の把握、疑問や質問を済ませて理解することが必要です。

それに比べて読書は決められた時間内に質問をして疑問を解決する必要もありません。一度読んで理解できなければ繰り返し読めばいいだけです。しかも公園でもトイレでもお風呂でも怒られることなく、好きな時間にどこでも読書することは可能です。

空き時間の有効活用においても読書は優秀です。現在は空き時間はスマホでSNSをチェックするのが主流です。

しかし文庫本をカバンに忍び込ませておけば、それに負けないぐらい空き時間を埋めることができます。バッテリーを気にせず充電をしなくていい点はスマホに勝っています。

読書で得た知識は知恵となり奪われない財産になる

読書および書籍は本当に便利で、著者の偉大な知識を要約された形で手に入れることができます。読書で得た知識を実践経験し、腑に落とすことで智慧にすることができれば立派な財産になります。

身につけた智慧は忘れることさえなければほぼ恒久的に利用可能な財産です。しかもその財産には税金がかからず、脳味噌があればどこでも持ち運ぶことができます。トラブルや災害でお金や家などを失っても、身につけた智慧は誰にも奪えない財産なのです。

このように一度手に入れたら失うことのない知識、智慧を得ることができる読書は素晴らしい投資です。というわけでわたしは強くみなさんに読書をおすすめします。

ネットで拾える情報の限界は本を読んで補う

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こんにちは、情報収集にネットが手放せないモズークです。

つくづく思いますがネットは便利です。調べたいことはスマホでググればあっというまに出てきます。しかも情報のスピードは圧倒的な速さです。事故や事件はその場にいた一般の人がSNSで発信するのでものすごく早いです。

本当にすごい時代になったと思います。

ネットの情報には限界もある

ただそんな便利なネットでも情報の正確さが不確かなこともあります。情報の正確さはスピードとのトレードオフの関係なので仕方がありません。ちゃんと裏を取って確認すればそれだけスピードは落ちます。

また出どころが怪しい情報も多く、ガセネタも同じように広がります。ネットでは正しい情報も正しくない情報も等価です。ネットで情報を拾ってくる場合は自分で信頼できる、できないを取捨選択する術を身に着けることが求められます。

ネットは肝心なところが見つからない事が多い

ネットはブログなどで個人が自由に情報を発信できる場所です。その情報は一般的なことから独創的な考え、正確や不正確などを含め多様性豊かです。この多様性こそがインターネットの魅力です。

しかし誰でも手軽に素早く思いついたことを発信できるため、ちゃんと趣旨がまとまっていなかったりします。また組織だった調査や検証、実験などは個人ブログでは費用の問題などで難しいです。そのためネットでは信頼できる情報を得ることはなかなか難しいのも現実です。

肝心なところがみつからない、そんなことはネットではよくあることです。

見つからないことは書籍で探してみる

このようにネットではどうやっても深い情報を探すことができません。そんなときは書籍でその穴を埋めることができます。

書籍は発行するまで多くの人間と時間とお金がかかります。いいかげんな情報で出版されることを避けるため、調査や推敲や検証が人と時間とお金をかけて行われ確度の高い情報になります。ネットのようにスピード感を求めることはできませんが、トレンドや流行に関係ない普遍の情報に書籍は強いのです。

もちろん、書籍にもいいかげんな調査や思い込みで書かれたものがあります。でもネットで取捨選択する術を身に着けていればそういう怪しい書籍はすぐにわかります。

ネットはフロー、書籍はストック

ネットはフロー、書籍はストック。フローとは流れていく勢いのある情報。ストックとは蓄積される情報。フローとストックを意識することで情報の集め方の効率化になります。

ネットはスピードと勢いでトレンドや流行などの期間限定の情報に強いです。書籍はスピードはありませんが普遍的で出どころのしっかりした正確な情報に強いです。どちらが優れているということではなく、どちらの特徴もお互いを補う存在です。ネットで気になった情報で詳しいことを知りたくなったら関連書籍を買って読んでみる。これはわたしがやっている方法です。

最近は書籍が売れないと言われます。この先書籍が生き残るためには、ネットでは補いきれない情報量や情報の正確性をより高めていくことが必要です。デマや世論誘導を目的とした、いい加減な書籍は淘汰されていくのではないでしょうか。

本はボロボロになるまで繰り返し読む

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こんにちは、モズークです。

書店で本を買うとき、サービスでブックカバーを掛けるか聞かれることがありますよね。わたしはブックカバーを掛けてもらいません。表紙が見えなくなるブックカバーは好きじゃないからです。

ブックカバーも付けないなんて本を大事にしていない、と思われるかもしれません。でもカバーを掛けて大事に扱い、綺麗なままにしておくのは本の役目としては正しいのでしょうか。

というわけで、今回はわたしの読書のしかたについて書きます。

何度でも復読する

わたしは気に入った本は何回も読み返します。記憶力がよくないので一回読んだくらいでは内容が頭に入りません。二度三度繰り返し読んでやっと書かれていることがうっすらと理解できるようになります。

最初の一回目の読書は頭のなかに目次を作ると思って読みます。そしてその目次を頼りに何回も読み込んで理解を深めます。

時間をおいてまた読む

わたしは一度読んだ本でも売ることはしません。数ヶ月後、数年後にもう一度読み返すからです。すると最初に読んだときは気づかなかたことや、以前と違う解釈を発見できることがあります。また数ヶ月も経てば忘れている内容もたくさんあり、それを思い出し再確認することにも役立ちます。

いつもどこでも読む

わたしの読書のしかたは決して上品ではありません。

  • まず床でもソファでもベッドでも寝転んで読みます
  • お風呂で湯船に浸かりながら読みます(至福の時間!)
  • トイレでも読みます(汚い!)
  • 食事しながらも読みます(行儀悪い!)
  • 外出先の暇な時間でも読みます
  • 就寝前も読みながら寝落ちしてよだれがつくこともあります(YODARE!)

当然そんな読み方をしていれば本はボロボロのヨレヨレになります。そこら中折れ曲がって破れます。つけた覚えのない謎の血までついていたりします。でもそれでいいんです。

ボロボロの本は美しい

とにかく貴重で文化遺産的に重要な本ならともかく、書店で売ってる普通の本は読んで汚れてなんぼだと思っています。ボロボロになればなるほど、繰り返し読んだ証拠です。ボロボロの本を見るたび、本がわたしの知識および血肉になっていると実感できます。

本の方もそれだけ読まれれば幸せでしょう。そんなボロボロの本は、逆に美しくいとさえ思えます。

人には貸せないから新しい本をプレゼント

このようにわたしは本をボロボロにするので、恥ずかしくて人には貸せません。誰も汚いボロボロの本は借りたくないでしょう。

そんなときは新しい本を買ってプレゼントすることにしています。プレゼントされた方も借りた本だと気兼ねして読み込むことができないでしょう。本一冊くらいなら数百円から数千円で収まります。プレゼントとしてはちょうどよい価格です。

それに本の作者にも印税が入ります。みんなが得をする素晴らしいことではないでしょうか。わたしは出版業界の回し者ではないです、誤解なきように。

電子書籍は便利!!でも

Kindleをはじめ、最近の電子書籍は本当に便利です。数十冊の本を持ち歩いても重さは端末の重さのまま増えません。欲しい本もわざわざ書店や通販で買う必要もありません。
カードで支払って即ダウンロード。ほんとうに便利すぎます。

でも少し物足りなさも感じます。電子書籍はいくら読みこんでも綺麗なままです。電子書籍はデジタルデータなのだからあらりまえです。ただボロボロ読書派のわたしとしては寂しさも感じます。

そこで提案ですが、電子書籍のソフト側で読んだ回数だけ紙がボロボロになるような、汚れエフェクトをかけるのはどうでしょう。わたしと同じように本が汚れることに快感を得るタイプの人に好評を得るでしょう。そんなかわった趣味の人がどれくらいいるのかはわかりませんが・・・