なんでも他人のせいにする人は自分の人生を生きていない

こんにちは、モズークです。

最近なんでも他人のせいにする人が増えている気がします。

景気が悪いのは国のせい。
収入が増えないのは会社のせい。
年金がもらえないのは老人のせい。
病気になったのはストレスのせい。
ストレスを感じるのはあなたのせい。

言いがかりなことも含めて他人のせいにすれば解決するんでしょうか。
もちろんいくら犯人探しをしても状況は良くなりません。

今の悪い状況を誰かのせいにするくらいなら、その悪い状況で自分はどうするのかを考えることが必要です。

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責任を押し付けても何も変わらない

自分の失敗を誰かのせいにして責任を回避する人がいます。

「あなたがやれと言ったから失敗した」
「こんなことになるんだったら最初からやるんじゃなかった」

最初からやめておけばよかったというのには同意します。
やめるという選択肢を選ぶのも自分自身で決めることができます。
どんなに強要されても最後に動くのは自分自身の意思です。
あとから失敗して行動を促してくれた人に対して責任を押し付けるのは、自分の意志を放棄してしまうことです。

このようになんでも人のせいにして責任をとらずに生きていても何も変わりません。
自分のせいではないのだから反省も生まれず、次はうまくやろうという気も起きないでしょう。
自分の意思で行動を起こし、成功しても失敗しても自分の責任という自覚がなければ成長することはありません。

自分の責任ではないこともあるけれど

たしかに自分の責任ではないこともあるでしょう。
年金なんかは毎月ほぼ強制的に払っているのに、将来年金支給額だけで生活はできないと言われています。
こんなときは年金機構のバカヤローといいたくなりますよね。

しかしここもいくらバカヤローといっても年金支給額が増えることはまずありえないでしょう。
なら最初から年金なんてあてにしないで自分で老後の生活資金を形成してしまえばいいのです。
貯金でもいいのですが、物価変動によるインフレと現在の利率ではおすすめできません。

やはり投資をして資産を形成するのがベストです。
そうすれば国なんかに頼らず、自分の力で将来生活できます。
もちろんその投資もできるだけ自分で勉強して何がベストかを選択するとよいです。

文句を言っている時間があったらどうやって資産を増やすかを考えていたほうが建設的です。

責任をもつから自由になれる

いきなりでなんですが、子供には自由はないと思います。
それは何か起こしたときに責任をとるのは親だからです。

同じように、誰かに責任を押し付けて生きている人にも自由はありません。
自分の意思で決定するということを放棄しているからです。
誰かのせいにしておけば責任を取らずに済みます。
しかしそれで自分の人生を生きているといえるでしょうか。

逆に言えば責任を持って行動する人生は自由ということです。
どんなに失敗しても責任は自分で取れば、何をしても誰にかに何かを言われる筋合いもなくなります。

もちろん他人の自由も損なわないことが大切です。
他人の自由を尊重することができなければ、自分の自由も主張することはできません。

嫌なことがあったら他人のせいにして他人任せの人生を生きる。
それとも自分の責任のもと自由な人生を生きるのか。

あなたならどちらの人生を生きたいですか?

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