お金を出して口を出さないことの難しさ

こんにちは、モズークです。

今回はお金を出して口を出さないことの難しさについて話します。

例えばわたしがもし新しく作られる映画のスポンサーになったとして、お金を50%出資したとします。
この場合この映画の内容について出資した額に応じて口が出せるとしたら、わたしの意見はほぼ要求道理に通すことができます。

出演者はアイドルの誰がいい、シナリオはわかりやすく大げさに泣ける感動ものにしろ、関連商品は何々を出せ、宣伝方法は大々的にやれなどなど。
しかしわたしは映画監督でもなければシナリオライターでもなく、グッズ制作ガシャでもなければ宣伝会社でもありません。
そしてわたしの意見を通したばっかりに映画の内容は稚拙で出演者の演技はひどく、シナリオは矛盾だらけでグッズも売れずに映画は大赤字になります。

スポンサーの意向を聞きすぎて失敗するという、よく聞くパターンですね。
さてこの場合、誰が悪いのでしょうか?

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お金を出したあとは専門家に任せておけばよい

それはもちろんお金を出したから口を出す権利があるからといって、余計な口を挟んだわたしです。

映画の制作は一番映画のことをわかっている監督に任せる。
シナリオライターは監督からの意向でシナリオを書く。
出演者は映画の内容にあった役者をオーディションや監督の考えで選ぶ。
グッズは売れる商品を企画できる会社に任せる。
広告宣伝は広告会社に任せる。
そしてスポンサーはお金だけを出す。

このようにそれぞれのプロフェッショナルの役割があるのですから、出資者であるスポンサーはお金を出すことだけに専念しておけばいいんです。
お金を出したから口を挟ませろなんていうスポンサーの横槍は、監督はじめ制作陣の士気およびモチベーションを下げます。
モチベーションが下がった制作現場でいい作品が作られるわけがないのです。

お金を出すとなぜ口を出したくなるのか

このように日本の映画やアニメではスポンサーの思惑のせいで数々の作品が駄作になってしまいました。
ではなぜスポンサーは口を挟みたくなるのでしょう。

そもそもお金がなければ映画やアニメなどは作ることができません。
制作会社やプロデューサーはお金を出してくれるスポンサーには頭が上がらないので、必然的に立場が弱くなります。
そのため弱い立場の制作陣に対しての要求がすんなり通るので、くだらない欲求を満たすために口を挟みたくなるのでしょう。

しかし本来お金を出したからといって制作にまで口を出していいものでしょうか。
スポンサーとしてお金を出す以上、ちゃんと収益をあげてリターンを得たいというのは当然の考えです。
そのせいかなにか意見を出せばリターンが増えるという勘違いをしてしまうのでしょう。
しかしよっぽど映画通でもない限りスポンサーはド素人です。
お金を出す以外何も取り柄のない場合がほとんどです。
ド素人であるスポンサーの意見を、立場の弱い監督やプロデューサーが説得する労力が明らかにムダです。
むしろ黙って制作陣の好きにさせたほうがいい結果を生みます。

投資家も株式会社のスポンサーである

などとつまらない例え話をしたところで、話題を株式投資に移します。
上記の例で言えばわたしたち個人投資家は株式会社のスポンサーと同じです。
リターンを期待して、専門分野に長けた素晴らしい経営陣にお金を託します。

もしここでわたしが大株主になって50%以上の株を保有したとしましょう。
会社経営も事業内容もド素人のわたしが口を出して業績が上がってリターンが増えるでしょうか?
どうかんがえても無理ですよね。
だったらお金を出しても口は出さず、どっしりと腰を据えておけばいいのです。

もちろんおかしな経営陣やどうみても儲からない事業もあります。
そんなときは文句の一つも言いたくなるでしょう。
しかしそんな会社の株は買わず、最初からお金を出さなければいいのです。
そのための調査は怠るべきではありません。

すばらしい経営陣の経営し、すばらしい事業の会社ならばお金を安心して預けられるでしょう。
そんな口を出す必要のない会社の株を探すことができれば、お金を託すという投資家の本分を果たすことができます。

孫子の兵法でも君主が軍の将校を飛び越えて兵隊に命令してはいけないと説いています。
お金を出して口を出さない、そして損をしても責任は自分で負う。
株式投資はこれくらいの覚悟で臨みたいものです。

それでは投資を楽しんで!

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